身体の奥底から湧いてくる、軽いカルチャーショック

 見出しを上記のように書いてから「さて。」と一息置くと、キーを打つ手が止まってしまった。普段のブログは鼻歌でも歌いながら内容をつらつらと書いてから、最後に見出しを決めるのだけれど、何故か今日は見出し先行。慣れない事をすると駄目だね。自らの方法論みたいなものを、何の気もなしに壊してしまうと、書けなくなる。

 僕自身の中にある、まだ、言語化されてはいないけれど、その時を待ちながらうずうずと身悶えしている混沌としたイメージ達は、実はけっこう繊細なやつらで、ほんの少しでも具体化の順序を間違えると、まるで首を引っ込めるカメみたいに、頑にどこかに隠れて動かなくなってしまう。そしてしばらくの間、再び僕の中に混沌としたまま存在して、開かれた世界に具体的な形を伴って解き放たれる事を拒否するかのように、ただ、ジッと固まってしまうのだ。ああ。

 つい先日、見出しの意味するようなところの感覚に、ふと襲われたので、それについて書こうとしたのだけど、それについての繊細なやつらが、今やどこかに隠れてしまったので、また再び彼らが身悶えするのを待つしかない。と、言っても、まあ、どうでもいい内容なので、書かれるかどうかは、もう分からないけれど。。。